第1巻が黄河(こうが)文明から三国志まで、第2巻が八王(はちおう)の乱と五胡十六国(ごこじゅうろっこく)でしたので、今回は舞台がまるごと南へ移ります。
先に結論を書きます。
317年、華北(かほく)を失った人びとが長江を渡り、建康(けんこう、いまの南京)に亡命政権を立てました。それから162年、東晋と劉宋という二つの王朝が、この川の上で興り、この川の上で滅びていきます。
長江は、北から来る騎兵を止めてくれる壁です。黄河は冬に凍って道に変わりますが、長江は凍りません。ところがこの川には、もう一つの顔がありました。上流から下流へ、一方向にしか流れないという顔です。
守ってくれる壁であり、同時に攻めてくる坂道でもある。
この二つの顔が、南の王朝の162年を決めました。今回はその話をします。
==> 中国史は地理で決まる3
紹介記事はこちら ==> なぜ南朝(なんちょう)の反乱は、いつも「上流」から下ってくるのか——『中国史は地理で決まる3 東晋(とうしん)と劉宋(りゅうそう)』を刊行しました
