羽曳が丘時代

たしか小学5年生の秋に羽曳野市羽曳が丘に引っ越しました。

大阪とは言ってもかなりの郊外で、市内の子供たちが遠足に来るような場所でしたね。いわゆる新興住宅地に新築一戸建てを親父が建てたんですが、坂が多く、夏暑
く、冬寒いところでしたね。

庭にかけるお金がなかったのか、手つかずのスペースがかなりあったので、イチ
ゴの苗を植えたりしてました。

母が買ってきたのか山椒の木とかぼすの木があり、毎年アゲハチョウがやってき
て卵を産んでいきました。その卵から黒くて小さな幼虫が孵り、そのうちに大きくて緑色の終齢幼虫になって蛹になって蝶が羽化する。その一部始終を観察していました。

王寺町の頃からスピッツという品種の白い雌犬を飼っていましたが、この頃には白いけれどちょっと雑種ぽい雄犬と2匹でした。休みの日には私が散歩に連れていってましたね。やはり子供の頃に犬なり猫なりを飼っていると、動物に対する接し方が違ってくるようです。

高校まで学校はずっと大阪市内だったので、通学時間が長くたいへんでした。市内の塾にも少し通っていましたから、冬場などは朝薄暗いうちに起きて、夜暗くなってから帰宅するという生活でした。

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