佐賀大学農学部応用生物科学科 動物遺伝育種学 講義テキスト  科目ホームページ

量的形質の遺伝学

量的形質

身長や体重、乳量など、各個体の形質値が、連続的に変異するとき その形質を量的形質と呼ぶ。 本来の1つの遺伝子における1つの変異は量的ではなくて質的な変異になるはずである。 にもかかわらず量的な形質が存在するのは、(1)複数の遺伝子変異が1つの形質に作用している、 (2)環境要因による変異が連続的に遺伝変異に追加されている、 ためだと考えられている。 前者のことを特にポリジーン遺伝と呼ぶ。

表現型値と遺伝子型値

多くの量的形質は正規分布を示す。 正規分布しない形質でも簡単な変換で正規分布と見なすことができるようになる。 そこで、通常は量的形質は正規分布するものとして考える。 正規分布は平均と分散によって規定される。

形質の発現には遺伝と環境の両者が関与していると考えると、 表現型値Yを遺伝子型値Gと環境偏差eの和と表すことができる。

Y = G + e
特定の遺伝子型を持つ個体の表現型値を平均すると遺伝子型値に近づく。 また、一般に環境偏差の平均はゼロであると仮定する。 さらに集団の全平均をuとおき、遺伝子型効果gを遺伝子型値Gから全平均uを引いたものとすると、
Y = u + g + e
となる。

相加的遺伝子効果

遺伝子の作用は相加的遺伝子効果と非相加的遺伝子効果に分けられる。 さらに非相加的遺伝子効果は優性効果と上位性効果(エピスタシス効果)に わけられる。 相加的遺伝子効果Aとは両親から確実に子供へ伝えられる遺伝子の効果で、 片親から1/2ずつ子供に伝えられる。

相加的遺伝子効果だけであれば、 ヘテロ接合体の遺伝子型値は2つのホモ接合体の遺伝子型値の平均になる はずである。 しかし、現実にはヘテロ接合体の遺伝子型値が2つのホモ接合体の遺伝子型値の平均からはずれる場合がある。 この平均からの偏差を優性効果Dと呼び、 ヘテロ接合体の遺伝子型値が親の遺伝子型値よりも小さい場合を 部分優性、親の遺伝子型値と同じ場合を完全優性、 親の遺伝子型値を越える場合を超優性と呼ぶ。

複数の遺伝子座間の相互作用によって生じた遺伝効果を上位性効果 (エピスタシス効果)Iと呼ぶ。 従って

g = A + D + I
となる。

遺伝分散と環境分散

遺伝子型値の分散を遺伝分散、環境偏差の分散を環境分散と呼ぶ。 さらに、表現型値の分散は表型分散と呼ぶ。 表型分散は遺伝分散と環境分散に分割できる。
Var(Y) = Var(g) + Var(e)

例えばマウスの近交系内では遺伝的に均一と考えられるから、 表型分散=環境分散と考えられる。 一方、混合集団では表型分散=遺伝分散+環境分散と考えられるから、 混合集団の表型分散から近交系の表型分散を引けば遺伝分散の大きさを 求めることができる。

相互作用と共分散

2つの形質間の偏差積和を自由度で割った値を(標本)共分散と呼び、 Cov(X,Y)というように表す。 また、対角に各形質の分散を、非対角要素に対応する2つの形質の 共分散をおいた正方行列を分散共分散行列と呼ぶ。

遺伝率と遺伝相関

遺伝分散の表型分散に対する割合を(広義の)遺伝率と呼ぶ。 さらに、相加的遺伝分散の表型分散に対する割合を(狭義の)遺伝率と呼ぶ。 狭義の遺伝率は表現型の分散のうちで、両親から子供に確実に伝わる割合を示しているために、 選抜育種においては重要な遺伝パラメータである。

2つの形質の表現型値間の相関を表型相関と呼ぶ。 同様に、2つの形質の遺伝子型値間の相関を遺伝相関、 2つの形質の環境偏差の間の相関を環境相関と呼ぶ。

遺伝相関は、1つの形質を選抜改良する時に、 他の形質がどのように反応するかを示す重要な遺伝パラメータである。

親子回帰による遺伝率の推定

両親の間に血縁関係がなく、親と子供の間に共通環境の効果がなければ、子供の形質値の片親の形質値に対する回帰係数は遺伝率の推定値となる。 この推定法では、親と子供の間に共通環境の効果があれば遺伝率は過大に推定される。

分散分析による遺伝率の推定

同父半きょうだいなどの血縁グループにおける表現型値のデータが得られている場合、 血縁グループを変動要因とする分散分析によって遺伝率を推定することができる。

反復率

同一の乳牛の各産次の乳量の間の相関は、他の個体の乳量との間の相関よりも高いことが多い。 これは同一の乳牛には遺伝による効果とともに、同じ環境の影響が加えられているからである。 乳量以外にも乳脂率などの泌乳形質や豚の1腹産仔数など、 1個体で複数回測定できる形質については、 環境偏差を一時的環境効果と永続的環境効果に分けることができる。 永続的環境効果とは同一個体に対してずっと同じ影響を与えている効果で、 遺伝とともに産次間の相関の原因になっている。

この産次間の似通いの度合いを反復率と呼び、反復率から次の産次の形質値をおおむね予測することができる。 反復率はR = (Var(g)+Var(ec))/Var(Y) で計算できる。 ここでVar(g)は遺伝分散、Var(ec)は永続的環境分散、Var(Y)は表型分散である。

参考図書

佐々木義之 著、「動物の遺伝と育種」、朝倉書店

J.F.クロー著、「クロー 遺伝学概説」、培風館

最終更新年月日 2009年7月21日

佐賀大学 農学部 動物資源開発学分野 和田研究室

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