佐賀大学農学部応用生物科学科 動物遺伝育種学 講義テキスト  科目ホームページ

集団遺伝学

任意交配集団

各個体がランダムに交配している集団を任意交配集団と呼ぶ。 自然状態の動物や人間は通常、任意交配集団と見なすことができる。

ある形質について優れた者は優れた者どうし、劣る者は劣る者どうし任意することを同類交配と呼ぶ。 家畜では任意交配されることはなく、同類交配などの人為的な交配が行われる。

また、血縁の近い者どうしを交配することを近親交配と呼ぶ。 家畜においては選抜育種が進むと近親交配に陥りやすい。 逆に、血縁的に遠い者どうしを交配することを異系交配と呼ぶ。

ハーディーワインベルクの法則

大きな集団中で遺伝子A1の割合がp1で、 A2の割合がp2であるとすると、 1世代任意交配すると、 遺伝子型頻度は以下のようになる。 ただし、遺伝子A1、A2ともに個体の生存には中立であるとする。
遺伝子型頻度
A1A1p12
A1A22p1p2
A2A2p22
任意交配集団であれば、この遺伝子型の頻度はこのまま世代を越えて維持される。 この状態をハーディーワインベルクの平衡と呼ぶ。

また、対立遺伝子が3つ以上ある場合にも、このハーディーワインベルクの法則は成立する。 さらに、任意交配集団でハーディーワインベルクの平衡状態にあれば、 2つ以上の遺伝子座について考慮する場合には、 各遺伝子型の頻度はそれぞれの遺伝子座の遺伝子型頻度の積となる。 すなわち、A1の頻度をp1、A2の頻度を p2、B1の頻度をr1、B2の頻度をr2とすると、 遺伝子型A1A1B1B1の頻度は p12r12となり、 遺伝子型A1A2B1B2の頻度は 4p1p2r1r2となる。

ただし、1つの遺伝子座に関しては1世代の任意交配でハーディーワインベルクの平衡に達するが、 複数の遺伝子座について考えると、すぐには平衡状態にならない。 特に、2つの遺伝子座が強く連鎖している場合には、何世代も平衡でない状態が続く。 これを連鎖不平衡と呼ぶ。 逆にいうと、1つの遺伝子座については平衡状態と考えられる集団でも、 多数の遺伝子座についてはほとんどの場合、 平衡状態にあるとは仮定できない。

遺伝子頻度の分析

ある形質の遺伝様式を決めるには中小家畜や実験動物では計画を立てて 交配すればよい。 一方、大家畜やヒトでは家系調査によって目的とする組合せの交配(婚姻)を 探すことになる。 しかし、目的とする組合せの交配(婚姻)が見つからない場合は、 集団がハーディーワインベルク平衡に達していると仮定して 遺伝子頻度の分析を行う。

遺伝様式を仮定することによって、各表現型の期待数を算出できる。 これを実際の観察数と比較することによって、遺伝様式の仮定が 正しいかどうかを判定することができる。 統計学的な判定には通常カイ自乗検定を用いる。

近親交配と近交退化

集団から任意に取り出した2個体間の平均よりも、類縁関係の深いもの どうしの交配を近親交配と呼ぶ。 近親交配を行うとホモ接合体が増えて、ヘテロ接合体が減少する。 脊椎動物においては、有害な劣性遺伝子を集団中に保有していることが多いので、 近親交配によって劣性遺伝子のホモ化によって悪影響が現れる。 このような現象を近交退化と呼ぶ。 近交退化は生存率や育成率、繁殖能力や発育などに特に強く現れる。

近交係数

近親交配の程度を表す指標として近交係数がある。 近交係数とは、1つの個体の2つの相同遺伝子が共通の祖先の同一遺伝子に 由来する確率である。

なお、近交係数は以下の式で求められる。

ここで、FXは個体Xの近交係数、nは個体xの父から共通祖先Aを経由して個体xの母までの世代数、FAは共通祖先Aの近交係数を表しています。

Σは共通祖先を経由する経路の数だけ足し合わせることを意味しています。

遡って調べる世代数を多くすると、経路の数が増加し、計算量もかかりますが、 現在よりも何世代も遡っても近交係数へ効果は小さいので、血統情報があっても近交係数の計算には、3-5世代までの情報を利用することが一般的です。

FAをゼロと見なした式が書かれている教科書もありますが、黒毛和種のような近親交配が進んだ集団でFAをゼロと見なすのは危険です。

血縁係数

2つの個体から1つずつ任意に取り出した相同遺伝子の対が、 共通の祖先遺伝子から由来した確率を血縁係数と呼ぶ。

なお、血縁係数は以下の式で求められる。

ここで、RXYは個体Xと個体Yの間の血縁係数、nは個体Xから共通祖先Aを経由して個体Yまでの世代数、FAは共通祖先Aの近交係数、 FXは個体Xの近交係数、FYは個体Yの近交係数を示しています。

Σは共通祖先を経由する経路の数だけ足し合わせることを意味しています。

相加的血縁係数行列

血縁係数の分子の部分を相加的血縁係数行列または分子血縁係数と呼ぶ。

後述するBLUP法で血縁情報を利用する時には相加的血縁係数行列を用いる。

遺伝的浮動

大きな集団では、任意交配すれば、交配の相手どうしが近親である確率は 非常に低くなる。 しかし、集団の大きさが小さい状態が長期間続くと、 交配の相手どうしが近親である可能性は大きくなる。 その結果、遺伝子頻度は増加または減少の方向へ徐々に動いていく。 これを遺伝的浮動と呼ぶ。

集団の有効な大きさ

大家畜などにおいては集団の中の雄の数が雌の数よりもはるかに少ない。 このような場合、見かけの集団の大きさから期待されるよりも、 大きな遺伝的浮動が起きる。 そこで、雄雌同数で集団の大きさが世代ごとに変化しない理想的な 集団に換算した場合の集団の大きさを計る必要がある。 これを集団の有効な大きさと呼ぶ。

雄雌の数が異なる場合、集団の有効な大きさNEは NE = 4NmNf / (Nm+Nf) となる。

ここで、Nmは雄の数、Nfは雌の数である。

参考図書

J.F.クロー著、「クロー 遺伝学概説」、培風館

佐々木義之 著、「動物の遺伝と育種」、朝倉書店

最終更新年月日 2009年7月21日

佐賀大学 農学部 応用生物科学科 動物資源開発学分野 和田研究室

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