遺伝子の進化が生物の進化の原動力であることは間違いありません。 従って、遺伝子の進化を解き明かせば生物の進化も解き明かせるはずです。
木村資生(1968)はDNAなどの分子の世界ではまったく異なるメカニズムで 変異が集団に広まるという分子進化の中立説を唱えました。 中立説によると、突然変異のうちで不利な変異は集団からすぐに除かれるので進化には寄与しないと考えます。 そして、集団中に固定する変異の大部分は生存に中立な変異で、 生存に有利な変異はごく少数であるとします。 中立な変異は機械的浮動によって集団に固定されます。
遺伝子重複とは1つの遺伝子がコピーされてゲノムDNAに挿入されることを言います。 遺伝子重複には別の染色体位置へ挿入される場合と、元の遺伝子のすぐ隣に挿入される場合があります。 次々にコピーされた遺伝子が並んでいる場所をタンデムリピートと呼びます。 遺伝子重複によって作り出された遺伝子のグループを遺伝子族(あるいは遺伝子ファミリー)と呼びます。
1つの遺伝子だけが重複するのではなくて、 まとまった染色体領域がそのままコピーされて別の染色体領域に挿入されることもあると言われております。 また、植物では、全ての染色体がコピーされて倍数体化することもあります。 このような遺伝子重複やゲノム領域の重複が生物の進化の原動力になっていると考えられています。
真核生物特有の細胞内器官に関係する遺伝子の多くは真核細胞にのみ発現している。 また、多細胞動物にも特有の遺伝子ファミリーが多数存在します。 さらに、脊椎動物特有の遺伝子ファミリーや ほ乳動物にのみ存在する遺伝子ファミリーもあります。
このような事実から生物の進化の歴史の中で2-4回程度の染色体の倍数化が起こったという考え方もあります。 しかしながら、遺伝子重複が起きても新たな機能が必要とされなければ、 いずれ偽遺伝子になっていくことから、 遺伝子重複やゲノム領域の重複はほぼ一定の頻度で起きているのだという説もあります。
ともかく、生物の体制の大きな変化が起きる時には、 遺伝子重複によって作られた新たな機能を持った遺伝子が生まれるようです。 しかしながら、形態上やその他の表現型の大きな進化が起きたからといって、 必ずしも遺伝子レベルでの大きな変化が起きているとは限りません。 1つの遺伝子のちょっとした変化でも大きな形態的な変化を引き起こすことが知られています。
化石を扱う古生物学者はメソニクス類と呼ばれる原始的な有蹄類からクジラ類が進化したと考えていました。 Graur and Higgins(1994)は現存のクジラはウシなどの反芻類に最も近いと主張しました。 しかし、彼らの方法は反芻類としてはウシのみのデータしか用いなかったこと、 分子系統樹作成に用いた塩基置換モデルに問題があったことが統計学者達から指摘されました。
その後、クジラ類とカバに共通の散在性反復配列が存在することが明らかとなり(Nomura et al、1998)、 クジラ類とカバ類は共通の祖先から進化したことが明らかとなりました。 それまで分類学上は、クジラ類はすべて鯨目に入れられており、 カバ類は偶蹄目のカバ亜目を形成していました。 従って、従来の分類は目単位での誤りを犯していたことが、 分子生物学の進歩によって明らかになりました。
最終更新年月日 2014年8月19日 佐賀大学 農学部 動物資源開発学分野 和田研究室