佐賀大学農学部応用生物科学科 動物遺伝育種学 講義テキスト 科目ホームページ
分子進化と系統樹
アミノ酸の異なる割合とアミノ酸置換数
2つのアミノ酸配列間の進化における変化は、
配列間でアミノ酸が異なる割合pを調べることである。
この割合pはnd/nで推定できる。
ここで、nは比較に用いられるアミノ酸の総数で、
ndは異なるアミノ酸の数である。
pが小さい時には、pはサイト当たりのアミノ酸置換数にほぼ等しい。
しかし、pが大きい時には各サイトで2回以上のアミノ酸置換が起こっているかもしれないので、
pはサイト当たりのアミノ酸置換数よりも小さくなる。
その場合には数学的モデルから、アミノ酸の置換数を推定しなければならない。
Dayhoffの経験的アミノ酸置換行列
Dayhoffら(1978)は、チトクロームCやヘモグロビンなどの実際のデータから、
20種類のアミノ酸に対する経験的アミノ酸置換行列を推定した。
この置換行列の各要素は、i番目の列のアミノ酸が、
単位進化時間の間に、j番目の行のアミノ酸に置き換えられる確率を与えている。
Dayhoffの経験的アミノ酸置換行列を用いると、
進化的にかなり離れた2つのアミノ酸配列についてもアミノ酸の置換数を推定することができる。
アミノ酸置換速度
同一の分子種においては、アミノ酸置換数は、2つの生物間の進化上での分岐から現在までの時間と比例することが、
多くの分子種において確かめられている。
ただし、分子種が異なれば、両者の比例係数自体は異なる。
これは、それぞれの分子種において機能的な制約が異なるからだと考えられている。
分子時計
同一の分子種においてアミノ酸置換速度が一定であることから、
アミノ酸置換数をもとに、生物の進化上での分岐年代を推定できる。
これを分子時計と呼ぶ。
ただし、同一の分子種のように見えても、
進化の途中で新たな機能的制約が追加されたりすると、
分子時計の仮定が崩れてしまうので注意が必要である。
また、比較するアミノ酸数が少ない場合には推定誤差が大きくなり、
正確な分岐年代を示すことができなくなる。
マルチプルアライメント
複数のアミノ酸配列間のアミノ酸置換数を推定したり、
分子系統樹を作成したりする場合には、
それぞれの配列をつきあわせる必要がある。
これをアライメントと呼ぶ。
特に3つ以上の配列をつきあわせたものをマルチプルアライメントと呼ぶ。
この時に、アミノ酸がなくなっていたり(欠失)、追加されていたり(挿入)するために、
これらの欠失や挿入に対してペナルティーを与えてアライメントをとる必要がある。
マルティプルアライメントをとる方法としては、さまざまな手法が提案されているが、
動的計画法を利用した手法がよく用いられている。
DNA塩基配列の塩基置換数の推定
アミノ酸配列だけではなく、DNAの塩基配列においてもアライメントをとって、
塩基置換数を推定することができる。
塩基配列の置換には転位(transition)と転換(transversion)がある。
転位はプリン(アデニンかグアニン)からプリンへの置換か、
ピリミジン(チミンかシトシン)からピリミジンへの置換のことで、
それ以外の置換は転換と呼ばれる。
実際には転位の方が転換よりも起こりやすいので、
塩基置換数を推定する時には転位と転換をわけて考える。
さらに、アミノ酸に翻訳される塩基配列の場合には、
アミノ酸が変わるか変わらないかを考慮したモデルを用いたり、
コドンの第1塩基、第2塩基、第3塩基にわけて塩基置換数を推定することもある。
遺伝距離行列
2つの配列の間のアミノ酸置換数や塩基置換数を遺伝距離と見なすことができる。
アミノ酸配列または塩基配列についてマルチプルアライメントをとって、
それぞれの配列間の遺伝距離を行列にしたものを遺伝距離行列と呼ぶ。
遺伝距離行列は分子進化学的な分析の出発点になることが多い。
分子系統樹の作成
複数の配列間の分子進化の過程を系統樹として示したものを分子系統樹と呼ぶ。
アミノ酸配列や塩基配列から分子系統樹を作成するには、
通常、それらの配列のマルチプルアライメントを作成し、
配列間の遺伝距離行列を作成する。
遺伝距離行列から分子系統樹を作成する方法としては、
近隣結合法や最尤法がよく利用されている。
参考図書
根井正利 著、「分子進化遺伝学」、培風館
最終更新年月日 2009年7月21日
佐賀大学 農学部 動物資源開発学分野 和田研究室
ywada@cc.saga-u.ac.jp